青いそら~オニーとオカンと時々イモート~

これはアスペルガーのオニーとフツーのオカン、2人の20年以上にわたる成長記録である。

51*2012 オニー中学校1年生>>1

オニーのマンモス小学校の卒業生は、私立へ進学する子を除いて、3つの公立中学校に別れて進学する。3分の2はマンモスN中学校、残り3分の1が更に2校に別れる。オニーは2012年4月、残り3分の1の1校であるY中学校に入学した。

Y中学校は、すぐそばのY小学校からの生徒とオニーの小学校からの生徒が通い、オニーの1年生はスカスカの3クラス、2年生と3年生は2クラスの当時市内で最小規模の中学校だった。

Y中学校の周りは、山の手を切り開き始めた高級新興住宅地の為、Y小学校は元々少人数の上に私立中学校を受験する子が多く、公立のY中学校に上がって来る子は少ない。マンモス小学校とはかなり家庭のカラーが違い、親の雰囲気も全然違っていた。

Y中学校は、各学年で先生の学年団があり、担任の先生達と数名の先生達が3年間持ち上がってその学年を担当する。生徒は毎年クラス替えでメンバーが変わるが、どの担任になるかなぁ、というだけで先生達は変わらない。そして生徒の人数が少ない為、学年団の先生達は生徒と深く関わって下さる。なので小学校の時のように毎年オニーのトリセツを話さなくてもよくなった。

なにより有難かったのは、オニーがこの学年団の先生達にとても恵まれたことだ。

生活指導であり、時に担任となり、オニーの卒業を待って(かは知らんが)他の中学校の副校長になったゴッT。オニーが大好きだった組長(女性担任)。1度も担任になっていないのに担任以上に付き合ってくれたオクT。特にこの3人の先生方なくしてオニーの中学生活はなかったし、語ることは出来ない。この先生方のお陰で、オカンはオニーの大変な思春期の3年間をなんとか乗り越え、その後まだ続いた更なる地獄の高校生活も乗り切れたのだと思う。

人との出会いが、人の人生を変える事がある。

オカンは自分の学生時代にそんな出会いは無かった。この人と出逢えて良かった、と思うことはあるが、この人に出会わなければ自分の人生は全く変わっていただろう、という程の強烈な出会いは無かった。

オカンにとってこの出会いは、神様が試練を乗り越える為に出会わせて下さった救いだったのだろう。

人こそ財産。

オカンの最期の言葉はこれにしよう。オニーよ、天高く徳を積め。お金で買えない人こそ財産。

いよいよ、中学生活の幕開けである…。